闇に生まれし者(3)
無茶だ。
零距離魔法で、内部を攻撃。零距離なら、いかなる鎧も無力だ。しかし…
零距離、すなわち、魔物への直接接触。
降下。魔物の前方、約20M。
作戦通りに。
ネギ先生を抱えて、私が後ろに飛ぶ。同じスピードなら、結果的に密着しているのと同じ状況を作れる。
「失敗すれば、ダメージを受けるのはあなた」
ダメージを受けるぐらいではすまない。確認する。あなたの生死を、私が握る。
「はい」
再び微笑む。恐れは見えない。
「よろしくお願いします、ザジさん」
ネギ先生、あなたは…
死が怖くないのか。
魔物がこちらを確認する。すぐには動かない。獲物を観察する、失敗しないように。
確信をこめた一撃がもたらすのは、確実な死。
空気が鳴動する。すぐには動かない。強く地を踏み、力をためている。
間もなく動き出す。全ては一瞬で終わる。相手が早いか、私が早いか、問題はそれだけ。
「ネギ先生、来る」
ネギ先生が何かを言おうとした刹那、空気の流れが変わる。
空気を裂く音と、魔物の声にならない叫び。これまでより早い。
広げた翼で、後ろへ飛ぶ。考える事等無い。ありったけの力をこめて、羽ばたく。
後ろを振り返る事も出来ない。永遠のように感じる時間。
終わりを告げたのは、眩しい光。漆黒の闇を照らす、強くてあたたかな光。
翼を収め、先生を抱きかかえたまま振り返る。
魔物は内部から光を発しながらそこにいた。
目に光は無い。幾許も無くあるべき場所へと帰るだろう。
わずかな猶予を経て、隙間から毀れる光と共に罅割れ、崩れ落ちた。
「先生…」
「あ、あの…、ザジさん」
体温、上昇。
脈拍、上昇。
分析…
…
「あ…す、すいません」
慌てて先生を解放する。
分析結果、原因は私。
「それじゃあ、帰りましょうか。遅くなってしまいましたね。早くしないと、寮から締め出されちゃうかも」
ネギ先生が告げる。頷いてゆっくりと歩き出す、先生の隣を。
静寂。
「何も聞かないの…ですか?」
破ったのは私。
「…えっと、ザジさんから話してくれるなら嬉しいです。でも、今はあまり話したくないんじゃないかな、とかそういう気がして」
続ける。
「僕は先生です。生徒の事はできるだけ知らないといけないと思います。でも、聞いて知るよりも、自然と話してほしいと思って」
さらに続ける。
「ザジさんの方から話してくれるような、困ったことがあったらザジさんから助けてほしいって言われるような、そんな先生に僕はなりたいんです」
「だから…、今は聞きません。いつか、ザジさんから話してください。それまでは、僕は勝手にここに来ます。迷惑とか言われても」
笑顔。
どう答えればいいのか、わからなかった。どんな顔をすればいいのか、わからなかった。
これまでの私には、必要の無い感情だったから。
「おはようございます、ネギ先生」
登校中の刹那が、ネギに声をかけた。そのまま横に並び、歩き出す。
「ネギ先生、昨日大きな魔力を感じたのですが、心当たりはありませんか?」
「さ、さあ」とはぐらかす。
「そうですか…」
歩きながら話す。木乃香の事、明日菜の事、自分の事。
やがて…
「…おはようございます、先生」
「あ、おはようございます、ザジさん」
通り過ぎる刹那、小さく一言。
「…!」
目を見開いて刹那。
「ザジさんが挨拶…」
「先生、私は彼女と2年間同じクラスですが、彼女が自分から挨拶をする所を初めて見ました」
「ええ、僕もはじめてです」特に驚いた風も無く。
「ネギ先生、いったいどんな魔法を?」
「何も使ってませんよー。でも、いい傾向じゃないですか」
「ふふ、そうですね」
再び歩き出す。
「先生、では私は本日日直になっていますので、これで」
「ええ、また教室で」
刹那は歩く速度を速め、先へと向かう。その途中、こちらを振り返る。
修学旅行以降の、強くて優しい目で。
「あ、それと…」
「ネギ先生、今後あのような事があれば、真っ先に私を呼んでください」
「え…?」
「一人で戦うこと、背負い込んでいるのはザジさんだけではありませんよ」
「知っていたんですか、刹那さん」
「ふふ、では私はこれで」
風が吹く。言葉の余韻をかき消し、残るのはいつもの登校風景。
「ネギくーん、おっはよー」
「ネギ先生、どうしたん?ボーっとして」
「あ、亜子さんにまき絵さん…」
一呼吸。
「今日もよろしくお願いします!!」
「おおっ、ネギ君、気合入ってるねー」
「あはは、今日もよろしゅうな、ネギ先生」
一人で生きれば、心は弱くなる。
誰かの思いが、勇気をくれる。
人の思いが、人を強くする。
という事で第三話、最終話です。
長かったー。
次はめちゃくちゃ短いのをいくつかまとめて上げようかと検討中。