茜色の夕日
あの日の夕日は、鮮やかなオレンジ色をしていた
見ていると吸い込まれそうな、怖いくらいに鮮やかな茜色
失いたくなくて、寂しくて、握った手に力をこめる
どうか、消えてなくならないで
「せっちゃん、これから暇?」
「ええ、今日は依頼もなく、暇です」
「ほえ、依頼?」
「ああ、いえ、何でもありません。何かご用事ですか?」
「あのなー、ちょっと買い物につきあってほしいんよ。ネギ君も明日菜も忙し
いみたいやし、せっちゃんがつきおうてくれたら嬉しいなーと思って」
「…」
「せっちゃん、どうしたん?急にだまって」
「すいません、もう少しだけ浸らせてください」
「?変なせっちゃん」
屈託の無い笑顔。私が今どんなやましい事を考えているかなんて知る由も無い
だろう。むしろ知られたらおしまい。いつから私はこんなに妄想癖がついてし
まったのだろう。
あの修学旅行の一件依頼、私はよりこのかお嬢様の警護を強化するよう学園長
から申し付かった。これまでのように陰から、ではなく、より近い場所で身辺
警護に当たるように、との事。
つまり、
かいつまんで言うと、
四六時中そばにいろ、という事。
別に喜んでなどいない。それだけこのかお嬢様の身に危険が近づいているとい
う事。お嬢様が隣にいるからと浮かれるなど、護衛として失格もいい所。気を
ひきしめねば…。
「せっちゃん、アイス買うてきたんよ。一緒に食べよ」
「こ、これを一緒に?」
お嬢様が買ってきたのは、チョコミントとバニラのダブル、コーンは一つ。
そう、コーンは一つ
視界が赤く染まる。意識が遠のく。
先立つ私をお許しください
「わー、せっちゃんー」
「ん…、あ、お嬢様」
「よかったー、せっちゃん。急に鼻血出して倒れるんやもん、びっくりしたわ。
でも良かった、たいしたことないみたいやね」
「すいません、護衛という立場でありながらこの失態…申し訳ありません」
「ええんよ、困ったときはお互い様。調子悪いのに無理につきおうてもろたう
ちも悪いしな」
「具合良くなったら、ちょっと歩こ、せっちゃん」
並んで歩き出す。
新緑樹が並ぶ参道を抜け、河川敷に。
広場に人の姿は無い。蹴球に興じる少年も、時代遅れのフォークソングを奏で
る青年も今日はいない。静寂が支配する空間
わずかな既視感。空の色はいつのまにか茜色に変わっていた
「…お嬢様?」
いない。お嬢様がいない。
祖父の言葉が頭をよぎる
夕暮れ時は逢魔が時と言われ、人が消える時だと
さらわれるのでも、逃げ出すのでもない。
存在自体が夕暮れに溶けて消えてしまうのだ、と。
再び既視感
あの時も、今日と同じ鮮やかなオレンジ色の空だった。
祖父の話を覚えていた私は、大切な人を失いたくなくて、繋いでいた手に力を
こめた。そう、あの時は、手を繋いでいた。お嬢様の手を。消えてなくならな
いでと、願いをこめて強く。
「ああ…」
私は手を離してしまっていた。ずいぶんと長い間、お嬢様に悲しい思いをさせ
てしまっていた。そんな私の態度が、どれだけお嬢様を傷つけていたか、知っ
たのは修学旅行の後。私は誓った。もう二度と、寂しい思いをさせないと。ず
っと傍で守ると。なのに、私は手を離していた。
「木乃香お嬢様―、どこですかっ、返事をしてください」
探す。人の目など気にならない。不安が募る。あの笑顔が、遠くなっていく。
「っ…」
嗚咽。
…駄目だ。泣いては駄目だ。探すんだ、見つかるまで。誓ったじゃないか、守
るって。
顔を上げる。その時、
「せーっ、ちゃん」
見上げる。半分の夕日がシルエットと重なる。程なく影が鮮明に。
その先には、お嬢様の笑顔。
「っ…」
「ごめんなー、ちょっと脅かそうと思って、隠れてたんよ。びっくりした?」
身体が自然に動いた。言葉は無い。迷いも無い。感情が、身体を動かす。
「お嬢様、良かった…」
抱きしめる。迷いは無い。
「せっちゃん、泣いてるん?ごめんな、寂しかった?」
違う。あなたに寂しい思いをさせたのは私。寂しくて泣いているんじゃない。
ただ、嬉しかったから。
あなたにもう一度出会えた事が、あなたを失わなかった事が。
これからも、あなたの幸せを護れる事が。
夕日は、次第にその勢力を無くしていった。茜色の空は鮮度を失い、闇に侵食
されてゆく。
道は舗装されているとはいえ、やはり平坦とは言い難い。一歩一歩、踏みしめ
て歩く。川沿いの道を。踏みしめて歩く。転ばないように。
手を繋いで歩く。失わないように。
「あの時も、こうやって手を繋いで歩いてたなあ」
「えっ…、お嬢様も覚えておられたんですか」
「うん。せっちゃん、あの時私に言ってくれた事、覚えてる?」
「え…」
覚えてる。あの時、うちは怖かったんよ。自分が、このまま消えてしまっても、
誰も気付かないんじゃないかって。空が赤すぎて、不安やったんよ。でも、せ
っちゃんが手を握ってくれていたから、うちは消えずにすんだのかもしれん。
あの時、うちはこう言ったんよ。
「せっちゃん、うちが消えてしもうたら、うちのために泣いてくれる?」
「ううん、泣かないよ」
「泣かない。ずっと探す。このちゃんが見つかるまで、ずっと探す。泣いちゃ
ったら、もう会えないかもしれないから。だから心配しないでね。このちゃん
が消えても、私がきっと見つけるから」
だからね、うちはどんなに怖い目にあっても大丈夫。あの日のせっちゃんの言
葉が、痛いほどしっかりと繋いだ手のあったかさが、今でもずーっとうちを守
ってくれてるから。
長くなりました。人気のこのせつです。
幼馴染という所を最大限に活用して過去話をまぜて作ってみました。
個人的には今までの中では一番うまくいったと思います。