ある晴れた日に


「古菲さん!風香さん!授業中は肉まんを食べないでください!」

「むぐ?弟子よ、腹がへっては戦ができぬと先人は言ったアルよ」

「おお、博識だねー古」と風香。

「よかったら追加で肉まんいかがかネ?ネギ先生も」と、大量の肉まんを肩からかけた超。

いつもの風景、いつものやりとり。楓は微動だにせずそれを見つめていた。

授業終了後…

「お疲れでござったな、ネギ坊主」

「はふう…、楓さん、だまって見てないで手伝ってくださいよー」

「ん?ああ、すまんすまん。ちょっと昔を思い出していたでござる」

「昔…?」

「古がはじめて麻帆良学園に来た頃でござる」

 

 

2学期も半ば、クラスも適度に落ち着きはじめた頃、その転校生は麻帆良学園を訪れた。

中国からやってきたというその少女は、委員長の努力にもかかわらず、周囲に心を開こうとは

しなかった。今と違い、1−Aには留学生はエヴァンジェリン一人だけだった。基本的な

挨拶しか知らないその子は、ただ生気無く日々を過ごしているだけのように見えた。

楓は気にはしていた。おそらく、他のクラスメートもそうだっただろう。しかし、本人の意思を

無視してその領域に入ることはためらわれた。そうしているうちに日々は過ぎていく。担任の高畑

先生もいくつかの方法を検討し始めていた3学期のはじまりだった。

毎朝恒例となっている朝の鍛錬のために訪れた世界樹のたもとに、あの少女がいた。

 

 


「おお、古菲殿。朝早いでござるな、おはようでござる。」

「……」

「む、そうか、まだ挨拶が完全でないでござるな。日本ではこういう時は…」

「おはよう」

「そ、そうでござる。知っていたでござるか、これは早とちり」

「…ここで、何を?」

少女はたどたどしくつぶやく。

「修行」楓はよどみなく答えた。

「お前、強いのか?」

「さあ、拙者もまだ修行中の身ゆえ、何とも」

「なら、勝負…しロ」

次の瞬間、視界から少女は消えた。楓は背後の気配を察知し、体を急速に横にスライドさせる。

風を裂く音と共に、楓の頭上を正拳が通り抜けた。

「あまり行儀の良い行為とは言えぬでござるな。武士なら相手の返事を待つものでござるよ。

それが騎士道というものでござる」

「お前、言っている事めちゃくちゃ」ほのかに微笑む。

「古菲殿、笑うと可愛いでござるよ」

「な、何言ってル…。勝負するカ?しないカ?私、強いやつ、探している」

「古菲殿は、カンフーの使い手でござるか?」

古菲はうなずいた。

「お前は何を使ウ?空手カ?柔道か?」

「さて、何でござるかな?ニンニン」

「ためしてみればわかる事、…いくゾ」

両の手の平を開き気味に、やや前かがみになって型を取る。楓には見覚えはなかったが、

おそらく中国拳法のかまえだろう、と納得した。

刹那、楓のまとう空気の流れが変わる。古菲はややたじろぎながらも、構えは崩さなかった。

「やれやれ、仕方ない。ちょっとだけでござるよ。でも秘密でござる」

楓はいたずらっぽく笑い、静かに眼を開いた。

「甲賀中忍、長瀬楓 参る」

 

 

 

 

体が動かない。一体何が起こったのか。決定打はどれだろう、最初の掌打には耐えた。

次の蹴りはかわしたはず。でも、その後あいつは視界から消えた。後ろにも横にもいない。

見上げた先にもいなかった。そこから記憶が無い。今ある記憶は、体が覚えている

腹部への強い痛みだけ。

 

「おお、気がついたでござるか。すまぬな、お主が予想以上に早かったので、手加減できなかったでござる」

楓はすぐ横に座り、心配そうに見下ろしていた。心配なんてしなくていい。私は負けたんだ。敗者に情けな

んてかけないでいい。でも、言葉が出てこない。やっと口をついたのは

「何者?お前」

「ん、覚えていないでござるか。ああ、分からなかったか。ふふ、秘密でござる」

不思議と悔しさはなかった。怖さもなかった。…あったのは、安心感。何故かはわからない。

自然と言葉が口をつく。いつもは、口を開くのもいやなのに。

「強いヤツは好き」

「はっはっ、テレるでござるな。面と向かって好きと言われると」

「そういう意味違う!」

 

少しだけ、楽しかった。心が満たされていくような気がした。望んで来たわけではない異国の学園。

どうすればいいのかわからなかった。自分のとりえなんか、この平和な空間には必要無かった。

自分の存在を否定されたような気がしていた。強くある必要など無いと思っていたのに…、

楽しい、痛い、好き、嫌い。死んでいた感情が蘇っていく。

 

 

「ようやく笑顔を見せたでござるな」

そう言って微笑む、そして続ける。

「古菲殿、しばらく拙者と修行をしてみぬか?拙者も修行中の身なれど、強くなりたいなら

力にはなれるでござる。無論、お主が望めばでござるが…」

呟く。心を見透かしたように。

 

断る理由は、なかった。

 

 

 

 

「…とまあ、こういう感じでござった」

「はあー、今の古老師からは想像できませんね。一度見てみたかったかも」

「確かに、当初は他の者を寄せ付けない、という雰囲気がありましたからね、古菲さん」といつのまにか刹那。

「昔のお前みたいにか?」といつのまにか龍宮。

「楓ー、恥ずかしいのでやめるアルよー。あのころは私も若かったヨ」

「はは、すまんでござる。ちょっとセンチな思い出にひたっていたでござるよ」

「でも、こういうのっていいですよね。僕の知らない一面、みたいなのを知るって。ちょっと嬉しいです。

もっと古老師のことを理解できたみたいで」

「あまり知られたくない一面もあるアルよー。弟子よ、今のことは忘れるアル」

「わ、古老師、記憶の直接リセットはやめてくださいー」

 

話は終わり、楓はまた微動だにせずネギと古菲のやりとりを見つめていた。やがて、空を確認して静かに

眼を閉じる。あの日は、曇り空だった。でも、戦い終わった後、風が雲を散らし、今日と同じように青空が

広がっていた。

ほどなくして、閉じた眼をゆっくりとあける。そして確認する。

そして願う。

 

幸せな今が、夢でないようにと

 


初SS、楓と古というマニアックな組み合わせです。

バカレンジャーでもあり、武道四天王でもある二人。

古は意外と交流が広いけど、一番は楓だと勝手に思ってます。

日本に来て最初にできた友達が楓だった、という設定で作ってみました。


 

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